2017年05月27日

日本語の不幸

 漢字の読みは難しい。知人から「合本第1号」と記された冊子が送られてきて、それを見ていたら、横から家人が、「がっぽん?」と言ったので、「がっぽんじゃなく、ごうほん」と訂正した。しかし、少し不安になって、辞書で調べたら、合本は「がっぽん」と読むのが正しいと分かった。ずっと昔から「ごうほん」と読んできたのでこれはショックだった。ほかにも長い間読み間違えていた言葉がある。「厳禁」。ずっと「がんきん」と読んでいた。今でも「げんきん」か「がんきん」か迷いそうになる。
 漢字には主に2通りの読みがある。漢音と呉音。呉音(南方系)の方が古く(7世紀までに伝来)、のちに唐の都(長安)の音が伝わり、平安時代までにそれ(漢音)が主流となったという。呉音は主に仏教用語の読みとして残ることになる。
 この2つだけでも紛らわしいのに、さらに漢音でもいくつかの読みがあり、ややこしいことこの上ない。「合」で言えば、「集合」「連合」「合同」などは「ごう」。「合唱」「合評」などは「がっ」。さらに「合戦」は「かっ」。「合点が行く」の「合点」は「がてん」(これは「がってん」の約)。こうなったらもうそれぞれの読みに慣れるしかない。
 中国文学者の高島俊男さんが以前何かの本で、「日本語の文字が確立する前に中国語が入ってきたのは、日本語にとって不幸なことだった」と書いていた。まさにそうだと思う。もし中国語が入ってこなければ、日本語の文字はどんなふうになっていただろう?

posted by 高階杞一 at 13:25| Comment(0) | 日記