2018年08月30日

熱中症から何とか脱却

 昨日の夜、体温を測ると、36度台前半。これまでは朝起きると解熱剤の効果が切れて、また38度台前半まで上昇するという繰り返しでしたが、今朝測ると、36.5度! 前夜薬を飲んでから12時間ほど経っていましたが、平熱のまま。これで熱中症から何とか脱却できたようです。やれやれ。苦しい5日間でした。と言うことで今朝から普段通りの生活に戻しました。発症する前に書きかけていた原稿などの仕事も再開です。

 昨日は歯茎の痛みがひどくなってきたので歯医者へ行ってきました。やはり歯茎が腫れてプクッと膿の袋ができていました。それをつぶして膿を取り除き、消毒するという応急処置をしてもらいました。それでとりあえず歯茎の痛みはなくなったけれど、根本的な治療はしていないので、顎などの痛みは残ったままです。きちんと治すため、これからしばらく通院することになりそうです。

 帰ってから「ちびまる子ちゃん」の劇場版アニメ第1作「大野君と杉山君」(1990年12月公開)を観ました。息子が生きていた頃いっしょに観、ストーリーは覚えていましたが、さくらももこさんの死去と重なって、観ながら目頭が熱くなりました。

 9月2日から毎夏恒例の信州旅行へ行く予定でした。でもまだ体調に不安があったので、昨日、予約をキャンセルし、半月ほど先に延期しました。救急車を呼ぶ決断をしたのも、この旅行に間に合わせるためという一面もあったのですが、まあ病院へ行って早く回復することができたので、結果オーライかなと思います。
 避暑にはならなくなったけど、初秋の信州もいつもと違った風景が見られそうで楽しみです。

posted by 高階杞一 at 13:09| Comment(0) | 日記

2018年08月28日

結局、救急車で運ばれて&ちびまる子ちゃん

 昨日ブログを書いた後(午後3時過ぎ)、またフトンにもぐり3時間ほど眠りました。そして、起きたあと、熱を測ってみると、また38.3度まで上昇! 解熱剤の効果が切れて上がったようです。これではイタチごっこだと思い、とうとう観念して病院へ行くことに決めました。時間はもう7時過ぎ。どこの病院も診療時間は過ぎています。さてどうしていくか。妻が最寄りの総合病院に電話をすると、担当医がいないとのこと。そこで最後の手段として救急車を呼ぶことにしました。電話をして10分ほどで到着。サイレンの音に近所の人たちは驚かれたと思います。
 救急車に乗り込み、10分ほどの距離にある救急外来のある総合病院に運ばれました。診察を受け、問診のあと、解熱剤や抗生剤など数種類の薬をもらって終了。入院も覚悟していただけに、ホッとした反面、点滴を打つこともなかったので、何だかあっけない感じもしました。5日分の薬をもらい、とりあえずこれで様子を見ることにして帰ってきました。
 今回、抗生剤をもらったのは良かったように思います。歯茎の痛みも訴えたので、抗生剤を処方してくださったのですが、その時、発熱した当日の朝のことを思い出しました。あの朝、右足の親指のつけ根あたりに激しい痛みとしびれを感じ目がさめたのでした。ムカデのような毒虫に刺されたのではないかと思えます。単なる熱中症ではなく、この虫の毒が全身に回り、それが高熱の原因のひとつになったのではないかと思えてきました。
 そして今朝、恐る恐る熱を測ると、昨夜36.5度ぐらいまで下がっていた体温が、また38.1度まで上昇していました。なかなかすぐには平熱の維持まで行かないようです。今日は食後ごとに薬を飲んでいるので、上がっても37度台中半ぐらいまでになっています。このまま、少しずつでも平熱の維持ができるようになってくれればいいのですが……。

 今朝、ニュースでさくらももこさんの死を知りました。彼女の「ちびまる子ちゃん」は亡くなったこどもが大好きでテレビでよく見てました。僕も好きで単行本を買って読んだりしてました。こどもが亡くなった翌年、その思い出を記した詩集『早く家へ帰りたい』を出すわけですが、その表紙画について、出版社の人にさくらももこさんに描いてもらいたいと頼みました。でもその要望は、詩集に合わないという理由で却下されました。そして採用されたのが版画家の望月通陽さんの表紙画と挿画。結果的にこの選択は正しかったと思えます。さくらさんとは一度も会えなかったけれど、彼女のおかげでその友人であったおーなり由子さんと出会うことができました。これも亡くなった息子の導きであったように思えます。

posted by 高階杞一 at 22:32| Comment(0) | 日記

2018年08月27日

熱中症でダウン

 この3日ほど熱中症でダウンしてました。土曜日の朝、起きると何だか頭がズキズキとする。しんどくて起きたばかりなのに眠気もする。それでまたフトンの中へ。昼頃に起きてからもまだ同じような状態。風邪かなと思ったけれど、熱があるようには感じられない。額に手を当てても熱くない。おかしいなあと思いつつ、近くにいた妻に額に手を当ててもらうと、驚いた声で、「すごい熱!」というのでびっくり。体温計で測ると、何と39.2度! ヒヒェーとこちらもびっくり。すぐに救急車を呼んだ方がいいと妻は言うけれど、救急車はちょっと恥ずかしい。それで少し様子を見ることにした。夜になると、体温は38.5度前後まで下がったけれど、その前後を行ったり来たり。翌日(つまり昨日)には37.5度前後まで落ちて、少し安心したけれど、やはりその前後を行ったり来たりで、それ以上下がらない。夜になり、右の頬が腫れていると妻が言う。少し前から歯茎が痛かったのだが、熱でそれが悪化したようだった。妻が腰痛で病院からもらった来た痛み止めがあるというのでそれを飲む。それには解熱効果もあるという。それが効いたのか、2時間もしたら平熱の36.5度まで下がった。これで明日の朝まで体温が上がっていなければもう大丈夫、と思って寝たのだけれど……。今朝起きたら、また38.3度まで上昇。またもや救急車が頭に過ぎる。少し迷った末、もう少し様子を見ることにして、2時間ほどしたら37.5度まで下降。そして、昨日と同じ痛み止めを飲んだら、昼前にはまた平熱まで下がった。
 それがこの3日間の経過。今、熱も下がり、体もしんどくない状態なのでこのブログを書いています。でも痛み止めを飲むのをやめたら今朝と同様熱が上がるかもしれない。ということで、まだ完全回復ではなく、熱中症は継続中といった状態です。
 テレビの報道で、今日は熱中症で何人病院へ運ばれたというニュースを毎日のように見ていたけれど、まさか自分がその熱中症になるとは。先週、出かける日が多くて疲れていたのと、前日の金曜日、台風の影響で風雨が強く、クーラーのない部屋で窓を閉めて寝たのが直接の引き金になったようです。
 寝たきりはつらい。このまま治ってくれたらいいのだけれど。

posted by 高階杞一 at 15:10| Comment(0) | 日記

2018年08月21日

検診結果と墓参り&阿部恭久「秋彼岸」

 昨日は午前中に先日受けた食道癌の定期検診の結果を聞きに神戸大学附属病院まで行ってきました。再発していたらどうしようと多少ドキドキしながら待っていましたが、結果は問題なし。ホッとしました。9年前に受けた同じ食道癌の手術では、5年後に再発したので、4年目の今回ではまだ安心できません。でも、とりあえずは一安心といったところです。
 帰宅し、2時間ほど休んだあと、大阪・高槻市にある霊園に墓参りに行きました。高槻市と言えば、6月18日に起こった大阪北部地震の震源地だったので、墓石が倒れたりしていないかと心配していましたが、何事もなく、こちらもホッとしました。お盆休みも終わったあとなので、墓は人影もなく、ひっそりと静まり返っていました。
 墓参りと言えば、阿部恭久さんの「秋彼岸」という詩を思い出します。家族3人で秋の彼岸に墓参りに行ったときのことを描いた詩。後半を紹介します。

  ここの墓は、皆ひくくふるい
  穀物にかこまれて健康だ

  祖母のにおいがする
  二十年前に往った人
  私のにおいもする
  みっつになるこどもがかけまわる…

  祖母のにおいにふくらんで
  稲田をかえる
  われわれ田のものを腹に入れ
  西にむかう
    (詩集『田のもの』より。1981年刊)

 この詩は初出誌(「詩と思想」7号)では、「二十年前に往った人」のところが「二十年前に狂った人」と誤植されていて、そのそれぞれの味わいの違いについて、昔出していた「青髭」という同人誌で論じたことがあります(VOL15。1984年7月)。誤植の「狂った人」もなかなかいいのでは、と。その部分を引用します。
「二十年前に狂って死んだ祖母のにおい、それに混じって自分のにおいもする、傍らではこどもが何も知らずにかけまわる……。「狂」という字をはさんで、祖母と自分とこどもがいる。そこに、血のつながり、それからくる不安や怖れ、そうしたものが読みながら伝わってきた。……」

posted by 高階杞一 at 12:55| Comment(0) | 日記

2018年08月19日

腰かけこむ?

 海外の翻訳小説などを読んでいると、ときどきおかしな日本語に出くわすことがある。たいていが文法の乱れであったり、原語の正確さにこだわりすぎて日本語としては不自然な訳になっている場合が多い。
 しかし、最近読んだ本の中に、上のどちらにも当てはまらない奇妙な言葉が出てきて、思わず読む手が止まってしまった。それは「腰かけこむ」という言葉だった。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』(宇野利泰訳・ハヤカワ文庫)の中に出てくる。「腰かけこむ」って何だろう? こんな言葉は今まで聞いたことがない。最初は誤植かと思ったが、そのあと何度も出てくるので、単なる誤植ではないようだ。としたら、これはどういう意味だろう? 物知りの家人にも聞いてみたが知らないという。いくつかの辞典で調べ、さらにウィキペディアで検索してみたが、こんな言葉は出てこない。
 ちなみにこれは次のような文脈の中で使われている。2箇所引用します。

・むかしは玄関まえに、きまってポーチがあったもので、家族はときどき−−それはもちろん夜間のことだけど−−みんなしてそこに腰かけこみ、話しあったものだそうなの。(P109)
・あとは、カードの勝負に興じるか、どこかの部屋に腰かけこんで、テレビ壁をながめるくらいのことだ。(P143)

 どちらも「腰かけ(て)」でいいはずだ。なのに、なぜ「腰かけこむ」などという奇妙な言葉を使うのだろう?
 明らかに間違った日本語だと思えるが、1989年刊19刷の本書でもそのままになっている(初版は1975年)。商業出版なら校閲の手が入っているはずなのに、そのまま放置されているということは、校閲者もこれで正しいと思ったのだろうか?
 訳者を調べると、1909年生まれとなっている。昔の日本語にこんな言葉があったのだろうか?
 どうにもわけが分からない。
 もし「腰かけこむ」という言葉をご存じの方がおられたらお教えください。
 
posted by 高階杞一 at 17:13| Comment(2) | 日記