2018年08月19日

腰かけこむ?

 海外の翻訳小説などを読んでいると、ときどきおかしな日本語に出くわすことがある。たいていが文法の乱れであったり、原語の正確さにこだわりすぎて日本語としては不自然な訳になっている場合が多い。
 しかし、最近読んだ本の中に、上のどちらにも当てはまらない奇妙な言葉が出てきて、思わず読む手が止まってしまった。それは「腰かけこむ」という言葉だった。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』(宇野利泰訳・ハヤカワ文庫)の中に出てくる。「腰かけこむ」って何だろう? こんな言葉は今まで聞いたことがない。最初は誤植かと思ったが、そのあと何度も出てくるので、単なる誤植ではないようだ。としたら、これはどういう意味だろう? 物知りの家人にも聞いてみたが知らないという。いくつかの辞典で調べ、さらにウィキペディアで検索してみたが、こんな言葉は出てこない。
 ちなみにこれは次のような文脈の中で使われている。2箇所引用します。

・むかしは玄関まえに、きまってポーチがあったもので、家族はときどき−−それはもちろん夜間のことだけど−−みんなしてそこに腰かけこみ、話しあったものだそうなの。(P109)
・あとは、カードの勝負に興じるか、どこかの部屋に腰かけこんで、テレビ壁をながめるくらいのことだ。(P143)

 どちらも「腰かけ(て)」でいいはずだ。なのに、なぜ「腰かけこむ」などという奇妙な言葉を使うのだろう?
 明らかに間違った日本語だと思えるが、1989年刊19刷の本書でもそのままになっている(初版は1975年)。商業出版なら校閲の手が入っているはずなのに、そのまま放置されているということは、校閲者もこれで正しいと思ったのだろうか?
 訳者を調べると、1909年生まれとなっている。昔の日本語にこんな言葉があったのだろうか?
 どうにもわけが分からない。
 もし「腰かけこむ」という言葉をご存じの方がおられたらお教えください。
 
posted by 高階杞一 at 17:13| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
話し込む、座り込む、の親戚?
Posted by どっと こむ at 2018年08月19日 20:19
昔はあったのに、この親戚だけなくなってしまったのかな?
Posted by 高階杞一 at 2018年08月20日 09:08
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