2018年12月01日

2つの訃報

 昨夜、新聞を読んでいて、2つの訃報に目が止まった。1つは入沢康夫さん。こちらは高齢でもあるし、また熱心な読者でもなかったので、それほど驚きはなかった。しかし、その下に記されていた名前を見て少なからず驚いた。高取英(たかとり・えい)。えっ、亡くなったの? 僕とそれほど歳が違わなかったはずなのに、と思って記事を読むと、66歳となっていた。1つ下だった。
 高取さんとは生前に1度か2度会っている。もう40年ほど前のこと。彼の主宰していた劇団「月蝕歌劇団」の舞台を上京したおりに見た。この時、会って挨拶を交わした覚えがある。見た舞台は、訃報記事にもあった「聖ミカエラ学園漂流記」で、当時若者たちに人気があり、評判になっていた。
 彼を知ったのは「青髭」という同人誌を一緒にやっていた木野まり子を通じてだった。二人は知り合いで、彼女に誘われて舞台も見に行ったのだったと思う。訃報記事には劇作家と記されているが、若いときには詩も書いていた。木野が彼と知り合ったのも詩を通じてではないかと思う。その縁で、「青髭」2号(1980年4月)には詩を寄稿してもらっている。タイトルは「海賊船の少女」。少女に強い執着があったいかにも彼らしいタイトルだ。その冒頭部を記す。

「泥臭う路地裏の影で少女は水平線を滑走する舟を浮かべた/ドブ川にはいつの日からか雷魚が棲みつき 少年たちがその姿にどよめいていた/けれど少女は絵本の中の人魚姫をかっさらうために 海賊船を出帆させた/夜が舞い上がると 父の二級酒の臭におびえながら 少女は夢を見た/夢の中で少女はジョンシルバーをしたがえる海賊船の首領だった(以下略)」

 死因は虚血性心疾患と記されている。どんな病気かよく知らないが、原因として加齢、喫煙、高血圧、肥満などが挙げられている。まだ20代後半の若い日の姿しか浮かばない。彼はその後どんな暮らしをしていたのだろう。

posted by 高階杞一 at 12:45| Comment(0) | 日記
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